本プロジェクトの趣旨について

現在、医療を取り巻く環境は大きく変わってきています。医療技術の発達は、人々の健康に対して大きな恩恵をもたらしましたが、一方で現代なりの様々な問題も生んでいます。

また、医療に関する情報が周囲ではあふれており、複雑で不確実な情報に対して医療者も患者さんも右往左往してしまっています。そこから生み出される不安が、患者−医療者間の相互信頼に対してむしろ大きな弊害になっているとも考えます。患者−医療者関係がギクシャクしだすと共に、医療者側も、本来自らの使命感を支えていた「患者の健康の役に立ちたい」「困っている人を助けたい」という心を素直に持つことができないような状況にあるように私には映ります。

医療者側には「自分にかかるリスクを最小にしたい。紛争や裁判沙汰になるようなことはできる限り避けたい」という感情が、医療を受ける側には「気持ちの整理がつかないまま一方的にいろんなことをされて不安だけが増していく。本当に医療者が私のことを考えてくれているのか信用が置けない。」という感情が先に立ってしまったまま行われる医療は、健全な状態とは言い難いです。お互いが信頼し、尊敬しあいながら医療が行われる世界を、私はもういちど実現したいと考えます。

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私たち医師が、医師としてあるべき姿、行動の規範の柱としてよりどころとしているものに、「ヒポクラテスの誓い」というものがあります。この誓いは、医学の父とされている古代ギリシアの医師ヒポクラテスが、神に対して、医師としてのプロフェッショナリズムを宣誓した有名な言葉で、現在も医療倫理のよりどころとなる宣言文であるといえます。詳しくは、以下ウィキペディアの解説をご覧ください。

ここに書かれてある宣言文は、今でも医療専門職が規範とするべきことがきわめて具体的に、わかりやすく書かれてあり感動を覚えます。公正な医療の配分や、プライバシーの保持、利他的態度など、時代を超えて医療に携わる者が持つべき態度がしっかりと記されています。

一方で、私はこの宣言文が、現代の医療が抱えている深い問題も同時に抱えていると考えます。たとえば、「自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法を決して選択しない。」という宣言は、専門職として患者のためになると考える行いを責任を持って判断し、実行する態度であり、それはそれで立派な態度です。しかしながら、この態度は患者自身の意思を尊重するインフォームド・コンセントの理念とはある意味対立する態度でもあります。さらには、「依頼されても人を殺すを与えない。」ことは、生命尊重の観点からも大切な態度ではありますが、現代の医療は延命治療や安楽死の是非などについても正面から考えていかなければならないことがあります。

私は、2011年の現在における、現在の患者−医療者関係の中で、まずは現時点で、普通の医療機関で普通に働く医師として、神にではなく、患者さんをはじめとする医療サービスを受ける皆様に対して新たな宣言を立てることが大切だと強く感じました。本プロジェクトの基本となるコンセプトは、、聖人としての偶像を医師が自ら破壊し、クライアントと誠実に付き合い続ける専門職としての医師像を、個人のレベルで宣言し、そのフォロワーを集める試みです。現在の医療に必要なのは「患者の為の医療」でもなく「患者の立場に立った医療」でもない、。私は、今後の医療が目指す景色は「患者とともに考える」医療だと考えます。

これは、日本医師会の後押しもなければ、どこかの学会で組織されたものでもありません。公費での研究事業のプロジェクトではありますが、皆さんのいろいろな意見を聞きながら、個人の医師として、無理のない、自分なりにできるの最大限の誠意をこめた医師宣言を作ってみたいと思いこのプロジェクトを開始したいと思います。

鳩山元首相が発言して有名になった「裸踊り」の発言がありますが、私もこのサイトで裸踊りを始めてみたいと思います。ただ、きっと私の意見はズレていると思いますから、皆さんのご意見を聞きながら、踊り方を見つけていきたいと思います。まずは、医師の皆さんで「これなら、自分も誓ってみてもいいか。」と思っていただける人がいらっしゃるようでしたら、ぜひフォローしていただきたいです。また、医師以外の医療者の方、もしくは患者の立場の方々などなど、「そういう態度でお前が臨むなら、関係を持ってもいいかもしれんね。」と思っていただける方は、サポーター登録を頂けると本当にうれしいです。


東京医療センター 尾藤誠司